2008年6月8日日曜日

ブロークバック・マウンテン


 1963年のワイオミング州。季節労働者として牧場の仕事を捜していたイニスは、経営者のジョーのもとでようやく仕事につくことができた。放牧された羊使いを、ふたりでするという仕事。相棒は、昨年もこの仕事をしていたジャックという男だった。内向的なイニスに較べ、むやみに陽気なジャックは初め相性が悪いと思っていたが、今年の夏は協力し合ってブロークバック・マウンテンで過ごさねばならない。仕事はルーティン、法律で羊番は、食事以外は羊たちの近くで簡易テントで過ごさなければならず、焚き火も出来ない。夏とはいえ寒く汚いテントで眠るるのは体力的にも辛い。性格的に似通ったところのなかったふたりも、他に話す相手も頼る仲間もなく、次第に絆を深めていった。ある晩、気晴らしのつもりで飲み始め深酒になってしまい、イニスはベースキャンプで仮眠を取ることにした。ジャックを気遣い火を落とした薪のそばで眠ろうとするが、寒さに耐えられず、ジャックに促されて狭いテントに一緒に潜りこんだ。肌を触れ合わせ、気持ちの箍が外れたのか、ふたりは熱い抱擁を交わし、一線を超えた。自分はストレートであると思っていたし、秋が来れば町に戻ってフィアンセのアルマと一緒になることになっているイニスは一度きりの過ちだとジャックに告げ、ジャックもそう思うことにした。しかし、ふたりの間に結ばれた絆は強かった。この山深い中で唯一の温もりだったふたりの体と心は、その約束など意味のないことだった。夏が終わり、別れ際にイニスは自分でも予測し得なかった絶望に暮れた。イニスは予定通りアルマと挙式を挙げた。アルマ・ジュニアとジェニーというふたりの娘にも恵まれ、楽ではなかったが、幸せな日々を過ごしていた。ジャックも、虚無感に襲われながらもロデオで日銭を稼ぎ、ラリーンと結婚し、子供にも恵まれるた。農耕機具販売会社の社長である妻の父はジャックを蔑み、日々はストレスの連続だった。ジャックと別れてから四年後、イニスのもとにブロークバック・マウンテンの写真の絵葉書が届く。近いうちに訪ねる、という内容だった。胸躍らせ、ジャックの姿が見えるなり家を飛び出し、熱い抱擁を交わすふたり、熱情に促されるままジャックと激しく唇を重ねていたイニスは、その様子をアルマが見つめていたのに気づかなかった。モーテルのベッドで4年の歳月、どれだけ求めあっていたかを確認するふたり。ふたりはそれから20年間年に数回の逢瀬を繰り返していた。お互い、結婚生活は破綻していた。しかしその翌年、ジャックに届いた知らせは悲しいものだった。
 監督は『グリーン・デスティニー』のアン・リー。このあとに『ハルク』なんて作品も撮っているが、むしろ、この2作は異色な方で、長編映画デビュー作の『推手』から『ウェディング・バンケット』『恋人たちの食卓』『いつか晴れた日に』などはむしろ『ブロークバック・マウンテン』に近い心の動きを捉えた人間ドラマの方が得意な監督である。ボクもこのころから彼の映画を見ているので、今回の映画が『グリーン・デスティニー』の監督と聞いても驚かない。『ウェディング・バンケット』ですでにゲイの映画を取り上げているのでそれにも驚かない。今回、この作品でアカデミー賞の監督賞を獲ったのは喜ばしいことだと思う。ただ、残念なことに、スクリーン・ロードショウ両誌で2006年のベスト1に選出されているほかインディペンデッド・スピリット賞、ゴールデングローブ賞、イギリスアカデミー賞、ロンドン映画批評家協会賞、全米製作者協会賞、放送映画批評家協会賞、ニューヨーク批評家協会賞、ナショナルボードオブレビュー、ロサンゼルス批評家協会賞、ヴェネチア国際映画賞、フェニックス映画批評家協会賞、セントルイス映画批評家協会賞、フロリダ批評家協会賞、ダラスフォートワース批評家映画協会賞、サウスイースタン批評家協会賞、ラスヴェガス映画批評家協会シェラ賞、サンフランシスコ批評家協会賞、ゴールデンサテライトアワード、ボストン批評家協会賞で最優秀作品賞やグランプリを獲得し、アカデミー賞でも最多ノミネートをしながら3部門の受賞にとどまったのはまだ社会的に偏見があるせいだろうか。人種差別などにはアカデミー賞はかなり理解を得てきているが残念だ。
 保守的で閉鎖的な当時のアメリカ社会にあって、ゲイバッシングによる偏見からカップルが惨殺されたりする時代、そこで20年も育み続けた蜜月の愛の物語である。同性愛に真っ向から取り組んだドラマという側面からセンセーショナルな話題を振りまいたが、もう今更そんなものは珍しくない、表面的には。ただ、自分の夫がそうであったらどうだろうか、自分の息子がそうであったら,,,.。まだまだ本当の理解には至っていないだろう。それが解消されるまではこの映画は意味のある映画だ。単なる恋愛映画なのに。時代がそうだから、この映画の主人公ふたりは自分自身も政党作を否定している。しかし、絆を深め自然に関係が発展した様は普通の恋愛映画と同じだ。むしろ、恋愛を描いた映画の多くが成就した時点で終わってしまうのに、この映画はそれ以降の煩悶や悲劇にスポットを当てている。この映画は、距離を置いていたふたりが、信頼関係を築き上げていくところから始まり、始めて一線を超える箇所で細かな表現をする。躊躇と激情の入り混じる心情がつぶさに表現されている。その片鱗がお互い初めからあったような表現も見事だ。何気なくあからさまに小用をたすシーンなど、伏線も描いている。セックスをした翌朝の戸惑いから4年たって自分を受け入れていく変化が繊細に描き出される。ふたりは同性愛に限定されず、結婚もし、子供ももうける。しかし、結局は両者とも破綻する。
 社会の同性愛への蔑視と、当事者の意識の違いを織り込みながら、何ら男女間の恋愛とも変わらないことを言っているようだ。同性愛を特異に見ることなく、恋愛映画のセオリーに当て嵌めたうえで、情景のせいで悲劇を積み重ねていったことに注目したい。結構生々しく、露骨な表現にも拘わらず、ほとんどいやらしさを感じず、むしろピュアに見えるのはなぜだろう。美少年でなく無骨な男ふたりなのに。それは身近に起こりうることのように描いているせいかもしれない。なにしろ、やたら切なく哀しい映画だ。

◎作品データ◎
『ブロークバック・マウンテン』
原題:Brokeback Mountain
2005年アメリカ映画/上映時間:2時間14分
監督:アン・リー
出演:ヒース・レジャー, ジェイク・ギレンホール, アン・ハサウェイ, ミシェル・ウィリアムズ, ランディ・クエイド

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

こんにちわ。

豆腐さんは、好きになった人が結婚しちゃったことがある??
私は、あるよ。。。
哀しかったなぁ。。。

torff さんのコメント...

◆志保たん
コメントありがとう。
ないよ。
ふった人が結婚したことはあるけど、それはつらくも何ともなかった。
子供ができた時は嬉しかったよ。
あ、高校時代の彼女が知らない間に結婚してたってのはあった。
でも知った時はもうゲイだったからな。