2008年6月1日日曜日

フロント・ランナー


 大学生のビリー・シーヴは中長距離の陸上選手、彼は頭がよく成績も優秀で容姿も美しい、りくじょうに取り組む姿勢はあくまでストイックだった。しかし彼にはひとと少し違った性癖があった。ゲイだったのだ。澄んだ青みを帯びた灰色の瞳を持ち、フィルムのように煌く。彼はオリンピックを目指しコーチのハーランのもとで練習に励んだ。ビリーはオリンピックを目指してその特訓は時を経るごとに激しいものになっていった。ビリーは典型的な先行逃げ切り型のランナーでフロントランナーと呼ばれていた。先頭を守らなければならない。いつもそんな気持ちが彼の中に巣くっていた。一方、彼のコーチを引き受けたハーランは陸上選手から陸上コーチになり、その後、女性を妊娠させ結婚をし、子供もいる。ゲイであることを隠していたが、先週に言い寄られ断わったことでゲイを噂され職を追われたうえ、妻から離婚を迫られる。ハーランは男相手に体を売るようになる。しかし、再び大学のコーチとして誘われる。それは別の大学からゲイを理由に追放された3人の選手を受け入れてコーチするというものだった。ビリーはそのうちの一人だった。ビリーとハーランはオリンピックに向けさまざまな障害を乗り越えたどり着く。アスリート協会、オリンピック協会、ゲイであることはストイックで健全なアスリートには出場させまいと。しかし法の力を持って出場を果たした。愛した人としか寝ないというポリシーのビリーと選手には手を出さないというポリシーのハーラン。当然ふたりは結ばれるはずがなかった。しかし、出会ったときから日に日に惹かれあったふたり、ビリーは堪えかねてモーションをかけた。それを酷く扱うハーラン。ふたりはついに映画館で気持ちを通わせる。一途なビリーはハーランしか頭になかった。しかし、現実は厳しかった。フロントランナーの背後で最後の1週で抜き出ることを狙うキッカーたちに捕まってしまう。ゲイの人権を獲得するための先頭を走り続け、ゲイを拒むキッカーたちに打ち落とされてしまうのだった。
この物語はコーチのハーランの視点で描かれている。「スポーツマンは健全な精神を持て」というプレシャーは暗黙のうちにゲイを健全でないと位置付けている時代だったのだ。この物語を書いたのはパトリシア・ネル・ウォーレンという女流作家である。女性がよくここまでゲイの心理を描いたものだと思う。書かれたのは1970年代。まだまだ偏見も差別も酷い時代だ。無関心や無理解ではなく、嘲笑・圧力・迫害という形で拒否される。その中で、カミングアウトした状態で戦うわけである。他人に迷惑をかけていない人々の内的な心に土足で踏み入り、掻き回す権利が誰にあろうか。
 当時この小説はゲイリブとしてアメリカ全土のスポーツのフィールドにセンセーショナルを巻き起こした。翻訳は北丸雄二。よくこの甘い甘い表現をこの時代の日本人が愛情を持って翻訳してくれたものだ。
 ラストは壮絶でビリーの死を以て終わる。なぜ悲惨な物語にする必要があったのか、幸せなまま自由も手に入れ終わらせることはできなかったのか。ビリーは考えていた、陸上だけでなくすべてにおいてフロントランナーとして終始トップを走り続けゴールすることで初めて自由が得られるのだ、と。それは踏みにじられた結末だった。
 この後、続編で「ハーランズ・レース」という小説が出版され、同者によって翻訳されている。ビリーを射殺した犯人を追う物語。前作の1976年モントリオールオリンピックでのビリーの事件について1978年5月に判決が言い渡された後から解決する1981年までを中心に、ラストは1990年の場面で終わる。ハーランは絶えず誰かに狙われ、私生活を脅かす存在に悩み続ける。ベトナム戦線帰還兵の傷ついた精神もエイズを病む人々も、時代の象徴的な傷跡に癒しを求め苦しんでいる人々それぞれが孤独を抱え込んでいる。でも人は独りでは生きられない。ハーランが人を愛するということについて、また愛を受け入れることについて、我々の痛みを代弁する。ゲイの読者には寂寥感が残る。またも問題作となっていた。「フロント・ランナー」のときはまだエイズは存在しなかったから、エイズの出現によって再び同性愛者が敬遠されるようになるわけだ。このエイズという悪魔の出現に前後して書かれたこの2作をボクらは大事に読まなければならない。
 実はこの「フロント・ランナー」が書棚からどうしても捜せず、読み直せなかった。そして、「ハーランズ・レース」はボクは購入してないし読んでいない。今、改めて読んでみたいと思う。何とかして2冊手に入れなければ。

「フロント・ランナー」原題“The Front Runner”, パトリシア・ネル・ウォーレン著, 北丸雄二訳, 第三書館, 1990年9月発売, 1800円
「ハーランズ・レース」原題“Harlan’s Race”, パトリシア・ネル・ウォーレン著, 北丸雄二訳, 扶桑社1997年5月発売, 1900円

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

こんばんわ。
難しい要素がいくつも散りばめられていて複雑です。。。
すごく観てみたいです。。。
ビリーが一瞬でも気持ちが通い合って幸せだったのか確かめたいです。。。
なぜか、とても切ない印象をもちました。。。
ゲイとか関係なく、愛し合うことはとても素敵なことだと思います。。。
うまく言えなくてごめんね。。。

torff さんのコメント...

◆志保たん、コメントありがとう。
これは読み直してないので、思い出し思い出し、書いたんだ。
何とか、続編の方を中古店でも捜して読んでみたいです。

匿名 さんのコメント...

バディに寄稿している
還暦すぎた北丸雄二 爺さんのゲイリブライターの翻訳だって?
あの爺さんのコラム読んでみなよw

北丸雄二の文章って、
もうろくした痴ほう症の爺さんの皮肉と口の羅列で笑える

あの、ゲイパレードを大手マスコミが無視したなんて本気に思っちゃってるし
マジ!仲間のゲイリブに呼び掛けて大手マスコミに抗議したんだぜ

torff さんのコメント...

◆匿名さん、コメントありがとう。

参考にさせていただきますね。