2009年11月8日日曜日

めぐりあう時間たち

 3つの時代の、3人の女たちの、それぞれの1日が始まろうとしていた。1923年、イギリスのロンドン郊外、リッチモンド。作家であるヴァージニア・ウルフの病気療養のため夫妻で移り住んできた。物静で優しい夫のレナードをよそに、彼女は書斎でゆっくりと呟く。「……ミセス・ダロウェイは言った、花は私が買ってくるわ」。傑作「ダロウェイ夫人」が仕上がろうとしていた。1951年、ロサンゼルス。閑静な住宅地に住む主婦ローラ・ブラウンは、ベッドの中で1冊の本を手にしている。「……ミセス・ダロウェイは言った、花は私が買ってくるわ」。ローラは夫ダンの求める主婦像を演じることに疲れ果てていた。夫の誕生日、パーティのために息子リッチーと一緒にバースデイケーキを作り始めた。そして現代2001年、ニューヨーク。編集者クラリッサ・ヴォーンは、同棲している恋人サリーに言った。「サリー、花は私が買ってくるわ」。エイズに冒されている親しい友人の作家リチャードが栄誉ある賞を受賞したのを知り、元気付けるためにクラリッサは祝賀パーティを企画した。話は戻って同じ日のヴァージニア、自宅に、姉のヴァネッサが訪ねて来た。ロンドンでの話に花を咲かせる。夕方、突然ヴァージニアはロンドンに向うため駅へと向かった。後を追った夫レナードに、すべての苦悩を爆発させるヴァージニア。彼は彼女の叫びにロンドンへ戻ることに同意するのだった。ローラは息子と作ったバースディケーキがうまく仕上がらず、いらつく彼女のところへ親友のキティがやってきた。キティを見送った後、綺麗にバースデイ・ケーキを作り直せたローラは、ある決意を胸にノルマンディ・ホテルへと向かった。クラリッサはパーティの準備をしていた。リチャードの元恋人ルイスが訪ねてきた。ルイスとリチャードは、昔話をし始めた。懐かしい日々の話を聞いてクラリッサは泣き始める。昔、リチャードが自分につけたニックネーム「ミセス・ダロウェイ」を忘れられず、彼の世話を何年も続け感情を抑え込んで生きてきた。夜が訪れる。3つの時代の、3人の女たちの1日は、それぞれ終わりへを迎えていた。時間・場所の違う3人の女性の1日がはじまり、終わり、「ダロウェイ夫人」を通じて3人の関係が繋がっていった。
監督は『リトル・ダンサー』のスティーヴン・ダルトリー。『めぐりあう時間たち』『愛を読むひと』と監督作3作ともがアカデミー賞で作品賞と監督賞にノミネートされている。本作ではアカデミー賞で9部門にノミネートされ、特殊メイクをしてヴァージニア・ウルフをそっくりに演じたニコール・キッドマンがアカデミー主演女優賞をはじめジュリアン・ムーア、メリル・ストリープの3人ともが数々の演技賞を受賞している。3人は、それぞれ設定が違う時代だったため、撮影でいちども顔を合わせなかったらしい。当初はアンソニー・ミンゲラが監督する予定だった。
時を超えて企画される3つのパーティ。ひとつは1923年ロンドン郊外、「ダロウェイ夫人」執筆中の作家ヴァージニア・ウルフが姉とティータイムをするため。ひとつは1951年ロサンジェルス、「ダロウェイ夫人」を読む妊娠した主婦ローラが夫のために催す誕生パーティ。そして現代、2001年ニューヨーク、「ダロウェイ夫人」と同じあだ名を持つ編集者クラリッサのエイズで死に行く友人の作家を祝福するために受賞パーティ。それぞれの時間に生きる3人の女が、「ダロウェイ夫人」をキーワードに繋がってゆく。自分の居場所を見つけ、自分らしく生きていく人生を送るのは、難しい。映画はある1日を引きずり出して、我々に問いかける。ケーキをつくるのは夫を愛している証拠と息子に言いながら主婦ローラは、誰のために生きているかわからない。何年も自分を抑えながら愛する友人の看護をするクラリッサは、それでも自分の思い通り人工授精で娘を産んでいたりもする。精神を患い、夫を思う作家ヴァージニアには自ら死を選んでいく方法るしかなかった。人は皆、多かれ少なかれ、自分の生きている時間と周囲に縛られて生きている。その中で、どう考え行動するか、強く訴えかけてくる。時間軸が飛び交い疲れそうに思うが、実によく整理され、テーマは難解でありながら、オープニングからクライマックスまで一気に引き込まれてゆく。とても知的な映画であり、深いテーマを持っている。3つのエピソードが絡まっていく構成と主演女優たちのアンサンブルが実に見事であり、脇を演じるエド・ハリス、トニ・コレット、クレア・デーンズ、ミランダ・リチャードソンなども素晴らしい。ボクは中でもエド・ハリスを評価したい。生と死、家族、愛、セクシャリティ、孤独といった事柄が彼によって重量を増したと思う。地味にスルーされているが、もっと評価されていい映画だと思う。
と、ここで、このブログに何が関係してくるかというと、エド・ハリス演じる作家のリチャードだ。彼はエイズに侵されている。この物語の中で、彼の存在はなくてもいいような脇役に感じる。しかし、そうではない。彼は、メリル・ストリーぷ演じるクラりッサと、ローラとヴァージニアを繋ぐ「ダロウェイ夫人」というキーワード、クラりッサにリチャードがつけた「ダロウェイ夫人」というニックネームがなければ3人は繋がらないのだ。リチャードは自分の短い先の人生を儚んで、目の前で窓から飛び降り、自殺を図る。これは、クラリッサにとってあまりにもつらい出来事なのだ。リチャードを理解してくれる数少ない人間たちの相関図を、リチャードの目線からも見てほしい。そう思って取り上げた。あまりにも悲しい末路なのだから。

◎作品データ◎
『めぐりあう時間たち』
原題:The Hours
2002年アメリカ・イギリス合作映画/上映時間:1時間55分
監督:スティーヴン・ダルトリー
出演:ニコール・キッドマン, ジュリアン・ムーア, メリル・ストリープ, エド・ハリス, トニ・コレット

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